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分類:伝記・考え方

キュリー夫人の理科教室

キュリー夫人の理科教室
吉祥瑞枝 監修 岡田勲・渡辺正 共訳
丸善株式会社 ; ISBN4-621-07501-2 ;(2004年11月発行)

  マリー・キュリーについては、誰でも知っている。ロシア政権下のポーランドからパリに留学し、苦学して夫ピエールと一緒にラジウムを発見、二度のノーベル賞に輝いたこと。夏は暑く、冬は極寒の研究室で毎日一人黙々とピッチブレンドの山と戦ったことなど。マリーを想う時、勤勉で克己的な聖女のような女性をイメージしてしまう。しかし、生身のマリーは恋愛もし、子育てに悩んだりもしただろう。マリーの子育てや教育観については、意外と知られていない。
 マリーは子どもには新鮮な空気と運動が必要だと考えていた。しかし当時のフランスの学校は詰め込み勉強中心で、その理想とはかけ離れていた。そこで考えたのが、当時10歳の長女イレーヌや友人の子ども達10人程に親たちが交代で授業を行う「共同授業」だ。子ども達は1日に1つだけ授業を受ける。終わると課外活動、遠出やスポーツに汗を流した。共同授業の存在は、伝記「キュリー夫人」(エーブ・キュリー 白水社)に触れられてはいるが、詳しい記録は残っていなかった。ところが、マリーが実際におこなった授業のノートが生徒の子孫の家の物置から奇跡的に発見され、2003年、マリーのノーベル賞100周年にあわせてフランスで出版された。『キュリー夫人の理科教室』はその邦訳である。
 まず驚くのは、100年前の授業とは思えない、先生と生徒のやり取りが生き生きと描かれていることである。科学を天下りに教えるのではなく、対話を通して科学の心を学ばせること、生徒の興味を引き出し、考える力をつけること、これがマリーの理想だったことがわかる。そして実際に見て、触れて理解できるよう、適切な実験を工夫した。出てくる実験はどれも今に通じる、生徒の心にすとんと納得できるものばかりである。そして使用している器具も、今とほとんど変わっていない。マリーも、我々と同じような器具を使ってラジウム精製をしていたのだなと思うと親近感を覚える。
 この本を読んで、マリーと同じ実験を子ども達とやってみるのも楽しいかもしれない。しかしそれ以上に、マリーが子どもたちに教えたかった科学する心を、私たちも子どもたちに伝えていきたい。そのためにはどうしたらよいか、ヒントは本書の随所に隠されている。
(『理科教室』2009年4月号に掲載)

科学読物研究会     小川真理子